自毛植毛手術とは、主にAGAなどの薄毛治療や瘢痕性脱毛症の治療、眉毛やヘアラインの審美的な修正治療などを目的として行われる外科手術です。
自毛植毛は患者様ご自身の後頭部や側頭部の毛根をドナーとして採取し、気になるところに移植床(スリットやホール)を作成し、そこに移植するという流れで行われます。
通常、頭髪の薄毛治療やヘアライン修正、眉毛の修正を自毛植毛手術で行う場合、ドナーとして用いられるのは後頭部や側頭部の頭髪です。
頭部や顔の付近に植毛をする場合、当然のことながらドナーの髪質として最も元の毛質に近く、移植に適しているのは頭部の毛髪です。
では頭部の毛髪以外をドナーとして使う自毛植毛手術は存在するのでしょうか?
すね毛で自毛植毛を行うメリットとは
その答えは一応、イエスです。
頭髪以外の体毛をドナーとして用いる自毛植毛を行っている医療機関が海外には存在します。オーストラリアや韓国には体毛を使った施術例があるそうです。
ここで体毛をドナーとして用いる自毛植毛の「メリット」を、(多少強引ですが)列挙していきます。体毛も頭髪と同じく自分の体の毛なので、移植後に拒絶反応が起こりません。また体毛はAGAの原因物質であるDHT(ジヒドロテストステロン)の影響を受けにくく、加齢による変化も比較的少ない毛といえます。体毛を自毛植毛のドナーとして用いることで、無尽蔵にあるわけではなく数に限りがある頭髪のドナーを節約できるとも考えられます。
あるいは体毛を減らしたい人にとっては、頭部の植毛と体毛のムダ毛処理が同時に行えるメリットを感じるかもしれません。
また体毛からドナーを採取することで、常に人目に晒される頭部の刈り上げや採取の傷跡を目立ちにくくするというメリットも、まあ考えられなくはありません。
実際、これまで当院にご相談にいらした患者様の中でも、頭部のドナー部まで含めて極端に薄毛が進行してしまった、ハミルトン・ノーウッド分類※のⅦ型のような比較的重度のAGA(男性型脱毛症)患者の方から「頭部のドナーが無いので、体毛を植えて頂けませんか…?」という切実なご要望を頂いたことも何度かあります。
※【参考資料】ハミルトン・ノーウッド分類とは
米国の皮膚科医ノーウッドによって分類されたAGAの進行度合いを確認する指標となる図です。「ハミルトン・ノーウッド分類」はAGAの進行状況がどの程度進んでいるかを確認することができ、AGA治療を開始する状況にあるのかを知る目安にもなります。
この図には全部で9つのランクがあります。
Ⅰ型:生え際のラインがわずかに後退している状態。
前頭部や頭頂部には薄毛の症状は見られず、この時点で治療を開始すれば薄毛の進行は食い止められる状態です。
Ⅱ型:生え際が徐々にM字に後退している状態。
多くの人が薄毛を実感する状態です。頭頂部・つむじの薄毛はまだ見られず、髪型によっては薄毛感をあまり感じない状態です。
Ⅱ Vertex型:Ⅱ型の症状に加えて、頭頂部も薄くなる状態。
額のM字の剃り込み部分の他、つむじ周辺もO型に進行している状態です。
人によってⅡ型だけで進行する人と、Ⅱ Vertex型で生え際・頭頂部両方から進行する人がいます。この状態までなら、薬による治療で改善が見込めます。
Ⅲ型:前頭部が完全にM字型になり、髪の毛が全体的に減少している状態
明らかに薄毛が進行したことが自覚、あるいは他人からも認識できる状態です。
生え際の後退がかなり目立つため、髪型が自由に決まらなくなります。
この状態になったら薬だけの治療では改善が難しいと言われています。
Ⅲ Vertex型:Ⅲ型の症状に加えて、頭頂部の髪の密度が下がりO字薄毛も併発する状態
生え際の広範囲の後退に加え、頭頂部、つむじ周辺の密度低下もみられるようになり、いわゆる薄毛といわれる状態になります。
薬だけの治療では改善は難しく、自毛植毛などの治療との併用が望ましいとされます。
Ⅳ型:M字が更に深くなり、頭頂部にO型薄毛が現れた状態
生え際、頭頂部ともに毛量がかなり減少し、自由に髪型を作るのが困難になってきます。
この状態から見た目を以前のような状態まで改善しようとすると、植毛やカツラによる対策が必要となってきます。
V型:生え際と頭頂部の薄毛がつながる寸前の状態
前頭部の後退がいちだんと増し、M字とは呼べないほど薄毛が進行している。前頭部と頭頂部の脱毛部分がつながりそうな段階です。
薬だけによる改善は難しく、植毛治療でもある程度まとまった移植数が必要となってきます。
Ⅵ型:生え際から頭頂部まで脱毛し、U字薄毛になった状態
側頭部と後頭部の髪の毛だけが残り、前頭部と頭頂部の髪の毛がほとんどなくなってしまった状態です。
Ⅶ型:Ⅵ型がさらに進行し、生え際、頭頂部に加えて側頭部も薄毛になった状態
前頭部、頭頂部に加え、側頭部の薄毛も進行し、AGAとしては一番進行した状態です。
日本では、すね毛を自毛植毛した施術例は少ない
頭皮への体毛の移植は可能
体毛を自毛植毛のドナーに使うメリットを考えられるだけ列記してみましたが、現実的にそれを実践することは本当に有効でしょうか?
残念ながらその答えはノーです。
とりわけ日本人が行うことに関して言えば、体毛を頭部に移植する手術は現実的に全く有効ではありません。
実際、日本国内では今の所、体毛を使った自毛植毛は行われていません。
日本人の場合、髪の毛が欧米人に比べてざっと1.5倍ほど太く、世界的にも最も太い部類に属しています。また髪が太く断面が真円形である、つまり直毛の人の比率が最も多いのも日本人の特徴です。
逆に体毛は頭髪に比べて細く、カールしていることがほとんどなので、日本人のような直毛主体の民族が自毛植毛を行う場合、体毛をドナーとして使うと毛質の違いが如実に現れて大きな違和感が出てしまいます。
すね毛を利用した自毛植毛の難しさ
髪の毛と体毛の性質の違い
本来、太くてしなやかな直毛が生えているべき頭部に、細くて縮れた毛がびっしりと生えてきたら、違和感と後悔ばかりが残るのではないでしょうか。
また、体毛は頭髪とはヘアサイクルが異なる為、どんなに伸ばしても頭髪ほど長くはなりませんし、成長するスピードも異なります。
また採取する部分も体毛を使うとなると広範囲に及び、麻酔薬の量や採取痕、腫れる面積も大幅に増えることとなります。部位によっては採取時、採取後に感じる痛みや不快感が通常の後頭部よりも強くなることでしょう。
このように、体毛をドナーに使っても、自然で満足の行く薄毛治療や審美的な修正には決してなり得ないばかりか、採取した部分にも広く大きなダメージと違和感が残ってしまうのです。
ですから国内においては、これまで数多くの自毛植毛手術が行われてきた中でも、体毛をドナーに使った手術は皆無に近いのです。
逆に、頭髪も細くカールしている民族が多い国であれば、体毛を使った自毛植毛でも意外と自然に仕上がるかもしれません。
実際に胸毛やすね毛といった体毛をドナーに用いた自毛植毛が行われている国が存在していることも先に述べたとおりです。
海外で施術した場合の費用対効果
どうしても体毛を使って自毛移植手術を受けたいのならば、これまでに述べた種々のリスクをよくよくご理解頂いた上で、胸毛やすね毛をドナーに用いた自毛植毛手術を行っている国に渡航されるのも一つの手かもしれません。言葉の壁をクリアできれば、外国人の患者も受け入れてくれるでしょう。
しかし渡航費や施術費用といった金銭的な負担と、採取部の傷、移植の仕上がりといった身体的なリスクを考えれば、十分な費用対効果が得られるかどうかは疑問です。
繰り返しになりますが、胸毛やすね毛を使った植毛は、私達日本人の頭髪にはなじむことなく不自然になる可能性が極めて高いのです。
体毛と頭髪では仕上がりが大きく違います!
体毛を使った自毛植毛手術は技術的には可能です。しかし体毛と頭髪では元々の毛の性質が違うので、移植の仕上がりは決して自然で満足のいくものにはならないでしょう。
頭部への自毛植毛は、これまでどおり頭髪をドナーに使うことを強くお勧めします。